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そして、同じ日の午後にやって来たのは、ヴェルサイユ宮殿です。

二つとも絢爛豪華な造りという点では似ていますが、インテリアを見る限りでは、
フォンテーヌブローは男性的で荘厳、ヴェルサイユはそれに比べるとエレガントで優雅な
印象を受けました。 イタリア・ルネッサンス後期の影響をもろに受けた時代と、その過程を
経てよりフランス風にアレンジされたのがヴェルサイユの姿ということなのでしょうか。

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上の写真は、ヴェルサイユ宮殿を造らせた”太陽王”ルイ14世の紋章。

フォンテーヌブローの主であったフランソワ1世は、フランス国民から最も愛された王と言われた
そうですが、ここヴェルサイユ宮殿の主たちは、どうだったのでしょう。。

ルイ14世は、政治にも直接かかわって、芸術にも貢献したエネルギッシュな君主だったとか。
政治的にも宗教的にも、いろいろな新しい試みに取り組み、それなりに成果もあったようですが、
戦争を幾度となく起こしたことなども影響して、亡くなる前には国の財政は苦しくなります。

そのルイ14世に後継ぎに選ばれた曾孫のアンジュー公がわずか5歳で、ルイ15世に。
当然、政治は大人であるブレーンが行うことになるわけで、その癖がついたからなのか、
wikiにもある通り、「政治には無関心で、閣僚に政治を任せ、国民の不満が高まった。
多くの愛人を持ち私生活は奔放で、最愛王(Bien-Aimé)と呼ばれた。」とのこと。

なにかとコンプレックスがあったように見受けられるルイ14世とは異なり、かなりの美男子
だったルイ15世。 歴代の王たちでさえ、公妾は2,3人ほどなのに、ルイ15世は、wikiに
書かれているだけでも14人。その中には、有名なポンパドール夫人やデュ・バリー夫人も。

ちなみに、公妾というのは、日本のような側室制度が認められていなかったキリスト教
ヨーロッパ諸国で採用された歴史的制度だそうで、彼女たちは単なる愛人ではなく社交界を
コントロールし、時には政治にも関与する立場だったようです。 

そして、孫のルイ16世が即位。 マリー・アントワネットのご主人のイメージの方が強い
ような感じで、ちょっと気の毒な王様という印象。
そもそも野心的ではないご本人の性格の上、アントワネットがあんな感じで、歴代の王の
ツケである財政難が手に負えないほどになっていた、という状況も手伝って、庶民の反感は
ピークに。 そしてフランス革命へ。

そんな歴史を思いながら、この優雅で派手なインテリアの宮殿を眺めていると、なんとも
複雑な気持ちにならずにはいられません。。

まぁ、何事も中途半端はよくないような気もするので、そういう意味ではフランス貴族の
野心の究極が芸術と結び付くとこうなる!というものを形にしたことには、それなりの
意義があったような気はしますが。

 
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広大な敷地に広い広い宮殿。 なので、常に、どこかしらが修復の工事中です。。

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それにしても、どこもかしこもこんな感じで、いろんな意味で凄いなぁと感心してしまいます。
というか、日本人の美に対する感性って世界でも特異な部類にはいるのかもしれませんね。。


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狩りの名手で、月の女神ディアナ。 同じ像がルーブルにもあります。
フォンテーヌブロー宮殿には、絵の中によく出てきています。
アンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエを表しているとか。


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窓から、見える庭園風景。 ずーっと遠くまで見渡せます。

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地上から見ると、広すぎて、遠くまで見渡せません。

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というわけで、とても半日では見きれない庭園でした。




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